
SAPのクラウドERP導入を検討する際、新しく登場した「GROW with SAP」と既存の「RISE with SAP」の違いが分からずお悩みではないでしょうか。結論から言えば、GROW with SAPは中堅・中小企業が「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」を短期間かつ低コストで導入することに特化したパッケージです。本記事では、両者の機能やターゲットの違いを徹底比較し、自社の規模やIT戦略に最適なプランを判断するための基準を解説します。
この記事で分かること
- GROW with SAPとRISE with SAPの決定的な違い
- 中堅・中小企業にGROW with SAPが推奨される理由
- 自社に最適なクラウドERPの選び方とFit to Standardの考え方
Grow with SAPとは?
Grow with SAPは、ビジネスの急成長を目指す中堅・中小企業(Scaleups)を対象とした、クラウドERP導入のための包括的なソリューションパッケージです。2023年3月にSAP社より発表されたこのオファリングは、従来のSAP導入に伴う「期間が長い」「コストが高い」「複雑である」というイメージを払拭し、短期間かつ低コストで世界最高水準のERP機能を導入できるように設計されています。
このパッケージは単なるソフトウェアのライセンス提供にとどまらず、導入を加速させるためのツール、学習コンテンツ、そしてコミュニティへのアクセス権がセットになっています。企業はITインフラの管理から解放され、ビジネスの拡大やイノベーションといった本来の業務に集中できる環境を即座に手に入れることが可能です。
中堅および中小企業向けのクラウドERPパッケージ
Grow with SAPの最大の特徴は、ターゲットを中堅・中小企業に明確に定めている点です。これまでのSAP製品は大企業向けという認識が強くありましたが、Grow with SAPは年商規模が数億円から数百億円規模の企業が、将来的な上場やグローバル展開を見据えて導入するのに最適な構成となっています。
このパッケージには、主に以下の要素が含まれています。
- クラウドERP本体:SAP S/4HANA Cloud Public Edition
- 開発・拡張プラットフォーム:SAP Business Technology Platform(SAP BTP)
- 導入支援ツール:SAP Activateメソドロジーおよび各種テンプレート
- 学習・コミュニティ:SAP LearningおよびSAP Communityへのアクセス
このように、システムだけでなく、導入を成功させるための「手法」と「知識」がオールインワンで提供されるため、社内に大規模なIT部門を持たない企業でも、スムーズにプロジェクトを進めることができます。
パブリッククラウド版S/4HANA Cloudの活用
Grow with SAPの中核を成すのは、「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」です。これは、サーバーやOSなどのインフラ管理をSAP社が行うSaaS(Software as a Service)型のERPです。
従来のオンプレミス型やプライベートクラウド型とは異なり、機能やプロセスがあらかじめ標準化されています。企業は独自の業務フローに合わせてシステムを開発(アドオン)するのではなく、SAPが提供するベストプラクティス(標準業務プロセス)に自社の業務を合わせる「Fit to Standard(フィット・トゥ・スタンダード)」という手法で導入を行います。
Grow with SAPで提供されるパブリッククラウド版の特徴を整理すると以下のようになります。
| 項目 | パブリッククラウド版の特徴 |
|---|---|
| インフラ管理 | SAP社が全面的に管理(ユーザー側の負担なし) |
| バージョンアップ | 年2回のメジャーアップデートが自動適用され、常に最新機能を利用可能 |
| カスタマイズ | 原則としてアドオン開発は行わず、標準機能を使用(拡張はSAP BTPで行う) |
| 導入スピード | サーバー構築や詳細設計が不要なため、最短4週間程度での導入も可能 |
このように、Grow with SAPは「完成された標準機能」をそのまま利用することで、圧倒的な導入スピードと常に最新のテクノロジーを享受できる環境を提供します。AIや機械学習といった最新技術も自動的にアップデートされるため、企業はシステムのお守りではなく、データの活用に注力できるようになります。
Grow with SAPとRISE with SAPの決定的な違い
SAP S/4HANA Cloudへの移行や新規導入を検討する際、多くの企業が直面するのが「Grow with SAP」と「RISE with SAP」のどちらを選ぶべきかという問題です。両者は最終的に利用するERPシステムがSAP S/4HANAである点は共通していますが、提供される価値、対象とする企業規模、そして導入のアプローチが明確に異なります。
ここでは、選定の決め手となる4つの重要な違いについて詳しく解説します。
ターゲット企業規模と導入目的の比較
最大の違いは、想定されている企業の規模感と、システムを導入する本来の目的にあります。
Grow with SAPは、主に中堅・中小企業(SME)や、大企業の海外子会社・新規事業部門をターゲットとしています。ビジネスのスピードを最優先し、SAPが提供するベストプラクティス(成功事例に基づいた業務プロセス)に自社の業務を合わせることで、短期間での立ち上げとDX(デジタルトランスフォーメーション)の実現を目指す企業に最適です。
一方、RISE with SAPは、すでに複雑な基幹システムを運用している大企業や、既存のSAP ERP(ECC 6.0など)からの移行(ブラウンフィールド)を主眼としています。現在の業務プロセスや独自のアドオン機能をある程度維持しつつ、段階的にクラウド化を進めたい場合や、大規模なインフラ管理を含めた包括的な契約を望む企業に適しています。
| 比較項目 | Grow with SAP | RISE with SAP |
|---|---|---|
| 主なターゲット | 中堅・中小企業 大企業の子会社・拠点セット |
大企業 既存SAPユーザー |
| 導入アプローチ | 新規導入(グリーンフィールド) 標準機能への準拠 |
移行(ブラウンフィールド) 既存資産の活用 |
| 重視するポイント | 導入スピード、即時利用、低コスト | 柔軟性、管理統制、段階的移行 |
利用できるS/4HANA Cloudのエディションの違い
採用されるERPの「エディション(提供形態)」も決定的に異なります。これが、後の運用や拡張性に大きく影響します。
- Grow with SAP:S/4HANA Cloud Public Edition(パブリッククラウド版)
- RISE with SAP:S/4HANA Cloud Private Edition(プライベートクラウド版)
Grow with SAPで提供されるPublic Editionは、インフラやソフトウェアを他社と共有する完全なSaaS(Software as a Service)型です。AmazonやGoogleのようなパブリッククラウド上で稼働し、半年に一度のメジャーアップデートが自動的に適用されます。そのため、常に最新のAI機能や法規制対応などのイノベーションを享受できる点が最大のメリットです。
対してRISE with SAPのPrivate Editionは、顧客ごとに独立した専有環境が提供されます。SaaSのような利便性を持ちつつも、実態はオンプレミスに近い管理が可能です。アップグレードのタイミングを自社でコントロールできるため、検証期間を十分に確保したい企業や、システム変更による業務影響を最小限に抑えたい企業に向いています。
カスタマイズ性と拡張性の差
システムを自社の業務にどれだけ合わせられるか、という「カスタマイズ性」において、両者のアプローチは対照的です。
Grow with SAP(Public Edition)は、「Fit to Standard(標準機能への適合)」が絶対条件となります。基本的にERPのコアプログラム(ソースコード)を修正するアドオン開発は行えません。不足する機能がある場合は、In-App拡張機能を使用するか、SAP Business Technology Platform(BTP)を用いた「Side-by-Side開発」で外部に機能を持たせる必要があります。
RISE with SAP(Private Edition)は、従来のオンプレミス版と同様に、ABAP言語を用いた柔軟なアドオン開発が可能です。これまで作り込んできた独自機能をそのままクラウドへ持ち込むことができます。ただし、将来的なアップグレードを容易にするため、SAPは「Clean Core(コアをクリーンに保つ)」戦略を推奨しており、過度なカスタマイズは見直すべきという方向性は共通しています。
導入コストとプロジェクト期間の比較
最後に、経営層が最も気にする導入期間とコストの違いです。
Grow with SAPは、あらかじめ用意されたテンプレートや設定済みのコンテンツを活用するため、要件定義や開発の工数が大幅に削減されます。その結果、最短数週間から数ヶ月という短期間での稼働が可能であり、初期導入コストも相対的に低く抑えられます。
RISE with SAPは、既存資産の移行や詳細なフィット&ギャップ分析、場合によっては大規模なコード修正が必要となるため、プロジェクト期間は半年から1年以上かかることが一般的です。その分、導入コストも高くなる傾向にありますが、既存業務を大きく変えるリスクを避け、安定した移行を実現するための投資と言えます。
自社に合うのはどっち?選び方のポイント
Grow with SAPとRISE with SAPは、どちらもSAP S/4HANA Cloudを利用できるオファリングですが、提供されるクラウドの形式やコンセプトが異なります。自社に最適なソリューションを選択するためには、現在の業務プロセスへのこだわりをどこまで捨てられるか、そして将来的なIT戦略をどう描くかが鍵となります。
ここでは、選定の決定打となる「業務適合率(Fit to Standard)」と「IT戦略」の2つの観点から、選び方のポイントを解説します。
標準機能への業務適合率であるFit to Standardで判断する
最も重要な判断基準は、SAPが提供する標準機能に業務を合わせる「Fit to Standard(フィット・トゥ・スタンダード)」をどこまで徹底できるかという点です。
Grow with SAPで採用されている「S/4HANA Cloud Public Edition」は、共有環境のパブリッククラウドであるため、アドオン開発(機能の追加開発)に制限があります。つまり、従来の日本企業によく見られた「システムを業務に合わせる」アプローチではなく、「業務をシステム(標準機能)に合わせる」という強い意志が必要です。
一方で、独自の商習慣や競争力の源泉となる特殊な業務プロセスがあり、どうしても標準機能だけでは対応できない場合は、RISE with SAP(主にPrivate Edition)が有力な選択肢となります。こちらは従来のアドオン開発資産を持ち込むことが可能で、柔軟なカスタマイズが許容されています。
- Grow with SAPが向いている企業:標準機能に合わせて業務フローを刷新できる、アドオン開発を極力なくしたい、SaaSとして常に最新機能を利用したい。
- RISE with SAPが向いている企業:独自の業務プロセスを維持したい、既存のSAP ERPのアドオン資産を活かしたい、大規模で複雑なシステム要件がある。
将来的なビジネス拡張とIT戦略から選ぶ
導入のスピード感や、将来的なビジネスの拡張性も選定の大きなポイントです。
Grow with SAPは、事前定義されたベストプラクティスを活用するため、短期間かつ低コストでの導入が可能です。そのため、中堅・中小企業の初めてのERP導入や、大企業の海外子会社への展開(2層ERP戦略)に適しています。ビジネスの立ち上げスピードを重視し、ITリソースを運用管理よりも戦略業務に振り分けたい場合に最適です。
対してRISE with SAPは、既存システムからの移行(ブラウンフィールド)や、詳細な要件定義を伴う大規模プロジェクト(グリーンフィールド)に対応します。インフラからアプリケーションまで一元的に管理しつつ、自社のペースでDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めたい企業に適しています。
それぞれの特徴を整理すると、以下のようになります。
| 比較項目 | Grow with SAP | RISE with SAP |
|---|---|---|
| 採用エディション | S/4HANA Cloud Public Edition (パブリッククラウド) |
主に S/4HANA Cloud Private Edition (プライベートクラウド) |
| カスタマイズ性 | 低い(制限あり) In-App拡張やBTPでの開発が前提 |
高い(柔軟) 従来のアドオン開発やソースコード修正が可能 |
| 導入アプローチ | グリーンフィールド (新規導入・刷新) |
ブラウンフィールド(移行) またはグリーンフィールド |
| 導入スピード | 早い(最短数週間~数ヶ月) | プロジェクト規模による(半年~数年) |
| 推奨される企業像 | 中堅・中小企業 大企業の子会社・拠点の新規導入 |
大企業・中堅企業 既存SAPユーザーの移行 |
最終的には、コストや期間だけでなく、「自社が今後どのように変化していきたいか」というビジョンに合わせて選択することが成功への近道です。
Grow with SAPに関するよくある質問
Grow with SAPの導入を検討されている企業の担当者様から、頻繁に寄せられる質問をまとめました。導入期間やコスト、技術的な制約など、意思決定に必要なポイントを解説します。
Grow with SAPの導入期間はどのくらいですか?
導入期間は企業の規模や要件によりますが、従来のオンプレミス型ERPと比較して圧倒的に短期間での稼働が可能です。一般的には、最短で4週間程度から、平均して3ヶ月〜6ヶ月程度での導入が可能です。
このスピード感は、あらかじめ用意された標準業務プロセス(ベストプラクティス)を活用する「Fit to Standard」手法を採用するため実現できます。ゼロから要件定義を行うのではなく、完成されたテンプレートに業務を合わせることで、プロジェクト期間を大幅に短縮します。
Grow with SAPとRISE with SAPの主な違いは何ですか?
最大の違いは、ターゲットとする企業規模と採用するクラウドの形態です。Grow with SAPは中堅・中小企業向けのパブリッククラウド、RISE with SAPは大企業向けのプライベートクラウドという位置づけになります。
主な違いを以下の表に整理しました。
| 比較項目 | Grow with SAP | RISE with SAP |
|---|---|---|
| 主なターゲット | 中堅・中小企業(新規導入) | 大企業(既存SAPユーザー含む) |
| ERPエディション | S/4HANA Cloud Public Edition | S/4HANA Cloud Private Edition |
| カスタマイズ性 | 制限あり(標準機能推奨) | 高い(アドオン開発が可能) |
| インフラ管理 | SAP社がフルマネージド | SAP社またはパートナーが管理 |
Grow with SAPでアドオン開発はできますか?
従来のABAPを用いたERP本体への直接的なアドオン開発(コア部分の改修)は推奨されておらず、原則として行いません。
その代わり、SAP Business Technology Platform (SAP BTP) 上でサイドバイサイド開発を行うことで、必要な機能拡張を実現します。これにより、ERPのコア部分をクリーンな状態に保ち(Clean Core)、半年に一度の自動アップグレードをスムーズに受け入れることができます。
Grow with SAPの費用体系はどうなっていますか?
サブスクリプション方式(月額または年額課金)を採用しており、ユーザー数(FUE:Full Usage Equivalent)に基づいた料金体系となっています。
Grow with SAPのパッケージには、主に以下の要素が含まれています。
- S/4HANA Cloud Public Editionのソフトウェアライセンス
- インフラストラクチャ費用(サーバー代など)
- 基本的なシステム運用・保守サポート
- SAP BTPの利用権(一部クレジット)
これらがオールインワンで提供されるため、初期投資を抑えつつ、ランニングコストの予測が立てやすいのが特徴です。
既存のSAP ERPからGrow with SAPへの移行は難しいですか?
既存のSAP ERP(ECC 6.0など)からGrow with SAPへ移行する場合、システムをそのまま移す「コンバージョン(ブラウンフィールド)」は利用できません。
Grow with SAPは、新しくシステムを構築し直す「新規導入(グリーンフィールド)」のアプローチをとります。データ移行などの手間は発生しますが、過去の複雑なアドオンを捨て、業務プロセスを最新の標準機能に合わせて刷新する絶好の機会となります。
まとめ
本記事では、SAPのクラウドERPソリューションである「Grow with SAP」と「RISE with SAP」の違いや選び方について解説しました。重要なポイントは以下の通りです。
- Grow with SAP:中堅・中小企業向け。S/4HANA Cloud Public Editionを採用し、標準機能を活用した短期間・低コストでの導入に最適です。
- RISE with SAP:柔軟なカスタマイズ性を求める企業向け。Private Editionも選択でき、複雑な業務要件や大規模な変革に対応します。
どちらを選定すべきかは、自社の業務を標準機能に合わせる「Fit to Standard」がどこまで適用可能かが大きな判断基準となります。まずは信頼できる導入パートナーへ相談し、自社のIT戦略に合致した最適なプランでDXへの第一歩を踏み出してみましょう。










