
多くの企業が直面する「SAP 2027年問題」。SAP ERP 6.0(ECC 6.0)の標準保守期限終了は、単なるシステム更新の課題ではなく、DX推進による競争力強化の好機といえます。
本記事では、メインストリームメンテナンス終了後の具体的な選択肢や、S/4HANAへの移行ロードマップ、コスト最適化のポイントを網羅的に解説します。現状維持のリスクを回避し、次世代のIT基盤構築に向けた最適な意思決定をサポートします。
この記事で分かること
- SAP 2027年問題の本質と保守期限の詳細スケジュール
- S/4HANA移行のメリットと具体的なロードマップ
- 「脱SAP」を含む将来のERP戦略と判断基準
SAP 2027年問題をDX推進の好機と捉える
SAP ERP Central Component(ECC)6.0のメインストリームメンテナンス期限が2027年末に迫る中、多くの企業が対応に追われています。しかし、この「SAP 2027年問題」を単なるシステムの保守期限対応や、マイグレーションに伴うコスト負担としてネガティブに捉えるべきではありません。
経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」でも指摘されているように、既存のレガシーシステムを放置することは企業の競争力を低下させる大きな要因となります。SAP S/4HANAへの移行プロジェクトは、老朽化したシステムを刷新し、企業全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させる絶好のチャンスと再定義することが重要です。
レガシーシステムからの脱却とモダナイゼーション
長年運用されてきたERPシステムは、度重なる改修や機能追加により、内部構造が複雑化・ブラックボックス化しているケースが少なくありません。これはいわゆる「技術的負債」となり、新しいビジネスモデルへの対応や迅速なシステム変更を阻害する要因となっています。
SAP 2027年問題を契機にシステム刷新を行うことで、クラウドネイティブな環境への移行や、AI・IoTといった最新技術との連携が容易になります。システムのモダナイゼーション(近代化)は、IT部門の運用負荷を下げるだけでなく、ビジネスの俊敏性を高めるための必須条件です。
- ブラックボックス化したアドオンプログラムの整理と削減
- ハードウェア保守からの解放とクラウド活用によるスケーラビリティの確保
- セキュリティリスクの低減とガバナンスの強化
経営判断の迅速化とデータドリブン経営の実現
従来のSAP ECC 6.0と、移行先となるSAP S/4HANAの決定的な違いは、データベースの構造にあります。インメモリデータベースであるSAP HANAを基盤とすることで、大量のデータをリアルタイムに処理・分析することが可能になります。
これにより、これまでの「過去の実績を集計して確認する経営」から、「現在の状況をリアルタイムに把握し、未来を予測する経営」へとシフトすることができます。データドリブン経営の実現は、不確実性の高い現代のビジネス環境において、強力な武器となります。
| 比較項目 | 従来のERP (ECC 6.0など) | SAP S/4HANA (DX基盤) |
|---|---|---|
| データ処理 | ディスクベース(バッチ処理中心) | インメモリ(リアルタイム処理) |
| 分析のタイミング | 月次・週次での確定後 | 常に最新データを即座に可視化 |
| 意思決定の速度 | データの集計・加工に時間を要する | ダッシュボード等で即座に判断可能 |
SAP 2027年対応をきっかけとした業務プロセスの標準化
日本企業におけるERP導入の課題として、自社の独自業務にシステムを合わせる「Fit-to-Gap(フィット・トゥ・ギャップ)」のアプローチによる過剰なアドオン開発が挙げられます。これはシステムの複雑化を招き、バージョンアップの妨げとなってきました。
SAP S/4HANAへの移行においては、SAPが提供する標準機能やベストプラクティスに業務を合わせる「Fit-to-Standard(フィット・トゥ・スタンダード)」への転換が強く推奨されています。2027年対応を機に、聖域となっていた独自業務プロセスを見直し、グローバル標準に合わせることで、業務の効率化と属人化の解消を図ることができます。
- 過剰なカスタマイズを排除し、システム維持コスト(TCO)を削減できる
- 法改正やビジネス環境の変化に対して、標準機能のアップデートで対応しやすくなる
- 業務の標準化により、人材の流動性向上やグローバル展開がスムーズになる
- 将来的なSaaS型ERP(パブリッククラウド版)への移行障壁が下がる
SAP 2027年の期限に伴う保守サポートの種類
SAP ERP 6.0(ECC 6.0)の利用企業にとって、2027年という期限は単なるシステム更新の目安ではなく、ビジネスの継続性に関わる重要な分岐点です。この期限を正しく理解するためには、SAP社が提供する保守サポートのフェーズと、それぞれのフェーズで何が保証され、何がリスクとなるのかを把握する必要があります。
特に注意すべきは、現在利用しているSAP ERPのバージョン(エンハンスメントパッケージ:EhP)によって、標準保守の終了期限が異なるという点です。2027年まで標準保守が受けられるのは、EhP6、EhP7、EhP8のバージョンに限られます。
メインストリームメンテナンスと延長メンテナンスの違い
SAPの保守サポートには、標準的な契約に含まれる「メインストリームメンテナンス」と、追加料金を支払うことで期間を延ばす「延長メンテナンス」の2つが存在します。これらはコスト構造とサポート期間において明確な違いがあります。
メインストリームメンテナンスは、製品リリースから定められた期間提供される標準的なサポートです。一方、延長メンテナンスは、S/4HANAへの移行が間に合わない企業向けの救済措置的な位置づけであり、利用には追加コストが発生します。両者の主な違いは以下の通りです。
| 項目 | メインストリームメンテナンス | 延長メンテナンス |
|---|---|---|
| 対象期間 | 2027年12月31日まで | 2028年1月1日 ~ 2030年12月31日 |
| 対象バージョン | SAP ERP 6.0 EhP6 / 7 / 8 | SAP ERP 6.0 EhP6 / 7 / 8 |
| 追加費用 | なし(標準保守料のみ) | 保守ベース金額の+2%が必要 |
| サポート内容 | 法改正対応、技術的修正、改善 | メインストリームと同等のサポートを継続 |
延長メンテナンスを選択することで、実質的に2030年末までS/4HANAへの移行猶予を得ることができます。しかし、これはあくまで「時間の購入」であり、年間保守料に2%が上乗せされるため、TCO(総所有コスト)の増加は避けられません。経営判断としては、この追加コストを許容して移行リスクを低減するか、2027年内の移行完了を目指すかの二択となります。
カスタマーコネクティビティサポートの範囲と限界
メインストリームメンテナンス、および延長メンテナンスの期間が終了した後に適用されるのが「カスタマー・スペシフィック・メンテナンス(Customer Specific Maintenance)」と呼ばれるフェーズです。一般的に保守切れ後の対応として議論されるこのフェーズでは、メーカーからのサポート範囲が劇的に縮小されます。
この段階に入ると、これまで当たり前のように提供されていた更新プログラムや法的変更への対応プログラム(HRサポートパックなど)の提供が停止されます。具体的には、以下のような深刻なリスクに直面することになります。
- 消費税改正やインボイス制度のような法改正に対応するパッチが提供されない
- OSやデータベースなど、周辺技術のアップデートに対応できなくなる
- 新たに発見されたセキュリティホールに対する修正プログラムが提供されない
- 既知の問題に対する解決策の提示のみに留まり、新規のプログラム修正は行われない
つまり、システム自体は稼働し続けたとしても、法適合性やセキュリティの観点から、企業の基幹システムとしての要件を満たせなくなる可能性が極めて高い状態と言えます。これを回避するためには、延長メンテナンス期間中に次世代ERPへの移行を完了させることが不可欠です。
SAP S/4HANAへの移行猶予期間の考え方
2027年(延長を利用すれば2030年)という期限は、単なる「締め切り」ではなく、デジタルトランスフォーメーション(DX)を完遂するための「準備期間」と捉えるべきです。S/4HANAへの移行プロジェクトは、要件定義から稼働まで数年単位の時間を要する大規模なものです。
移行猶予期間を最大限に活用するためには、以下のようなステップでロードマップを策定する必要があります。
- 現状分析(アセスメント):既存のアドオンプログラムの棚卸しと、S/4HANAでの互換性チェックを行う。
- 移行方式の決定:既存資産を活かす「ブラウンフィールド」か、ゼロベースで刷新する「グリーンフィールド」かを選択する。
- リソースの確保:社内メンバーおよびベンダーのエンジニアを早期に確保する(2027年に近づくほどリソース不足が深刻化するため)。
特に重要なのは、延長メンテナンス期間を「先延ばし」のために使うのではなく、「クリーンコア戦略」の推進や業務プロセスの見直しなど、移行の質を高めるために使うという意識です。早期に着手することで、コスト超過のリスクを抑えつつ、競争力のあるIT基盤へと刷新することが可能になります。
SAP S/4HANA移行における課題と解決策
SAP ECC 6.0の保守期限終了に伴うS/4HANAへの移行プロジェクトは、単なるシステムのバージョンアップではなく、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を左右する一大プロジェクトです。しかし、多くの企業がその過程で「技術的負債」「コスト」「人材」という3つの大きな壁に直面します。本章では、これらの課題に対する具体的な解決策と、成功へ導くための戦略について解説します。
膨大なアドオンプログラムの扱いとクリーンコア戦略
日本企業におけるSAP導入の多くは、独自の業務要件に合わせて標準機能をカスタマイズする「Fit & Gap」のアプローチが採られてきました。その結果、システム内には膨大な数のアドオンプログラム(追加開発機能)が蓄積されており、これがS/4HANA移行時の最大の阻害要因となっています。アドオンが多いほど、移行時の互換性検証や修正(コード改修)に莫大な工数がかかるためです。
この課題を解決するための鍵となるのが、Fit to Standard(標準機能への業務適合)という考え方と、それを支える「クリーンコア(Clean Core)戦略」です。クリーンコアとは、ERPのコア(核)部分は標準機能のまま利用し、アップグレードを容易な状態に保つことを指します。
アドオンプログラムへの対策としては、移行前に以下の基準で棚卸しを行い、コアERPから切り離すことが推奨されます。
- 廃棄(Retire):現在使用されていない、または標準機能で代替可能なアドオンは廃止する。
- 標準回帰(Back to Standard):業務プロセスを見直し、S/4HANAの標準機能やベストプラクティスに合わせる。
- Side-by-Side開発:どうしても必要な独自機能は、ERP内部ではなく「SAP Business Technology Platform(BTP)」などの外部プラットフォーム上で開発し、API連携させる。
移行コストの最適化とROIの算出方法
S/4HANAへの移行には、ライセンス費用だけでなく、インフラ構築、コンサルティング、データ移行、テストなど多岐にわたるコストが発生します。経営層に対し、単なる「老朽化対応」以上の投資価値を説明できず、プロジェクトの承認が下りないケースも少なくありません。
コストを最適化し、適切なROI(投資対効果)を算出するためには、移行方式ごとのコスト構造と得られるメリットを比較整理することが重要です。主な移行方式とコスト・効果の特徴は以下の通りです。
| 移行方式 | 概要 | コスト特性 | 期待されるROI |
|---|---|---|---|
| Greenfield (新規導入) |
現行システムを捨て、新しくS/4HANAを構築し直す方式 | 初期導入コストは高いが、業務プロセス刷新による長期的な運用コスト削減が可能 | 業務標準化による効率化効果が大きく、DX推進としてのROIが高い |
| Brownfield (コンバージョン) |
既存のデータや設定を引き継ぎ、システムを変換する方式 | 初期コストは抑えられるが、負債も引き継ぐため保守コストが高止まりするリスクがある | 短期的な移行コストは低いが、業務改革効果は限定的になりやすい |
| Bluefield (選択的移行) |
特定のデータや機能のみを選択して移行するハイブリッド方式 | ツール利用料などで中程度のコストがかかるが、ダウンタイム短縮などのメリットがある | 必要な資産のみ継承するため、バランスの取れたROIが見込める |
ROIを算出する際は、ITコストの削減だけでなく、リアルタイムデータ活用による在庫削減、リードタイム短縮、意思決定の迅速化といったビジネスインパクトを数値化し、経営戦略としての投資対効果を示す必要があります。
社内リソースの確保とチェンジマネジメントの重要性
2027年に向けて多くの企業が一斉に移行プロジェクトを開始するため、SAPコンサルタントやエンジニアの需給が逼迫し、リソース確保が困難になることが予想されています。また、社内のIT部門においても、長年現行システムの運用に携わってきたベテラン社員の退職や、新技術に対応できる人材の不足が課題となります。
さらに、システム刷新に伴う業務プロセスの変更は、現場ユーザーからの強い抵抗を招くことがあります。これを乗り越えるためには、単なる操作説明会の実施にとどまらず、組織の意識変革を促すチェンジマネジメントが不可欠です。
プロジェクトを成功させるための体制づくりとして、以下のポイントを意識する必要があります。
- 早期に信頼できる導入パートナーを選定し、リソースを確保する。
- 経営トップがプロジェクトの意義(なぜ変わる必要があるのか)を全社に発信し、コミットメントを示す。
- 現場のキーマンを初期段階からプロジェクトに巻き込み、新業務プロセスの策定に参加させることで納得感を醸成する。
- S/4HANAやFiori(新しいユーザーインターフェース)に関する十分なトレーニング期間を設ける。
SAP 2027年以降を見据えたITロードマップ
SAP S/4HANAへの移行はゴールではなく、デジタル変革(DX)を加速させるための新たなスタートラインです。2027年の保守期限対応を終えた後、企業は「守りのIT」から「攻めのIT」へとシフトする必要があります。激しく変化するビジネス環境に対応し続けるためには、長期的な視点に基づいたITロードマップの策定が不可欠です。
SAP BTPを活用したイノベーション基盤の構築
S/4HANA移行後のロードマップにおいて最も重要な技術的要素の一つが、SAP Business Technology Platform(SAP BTP)の活用です。従来のSAP ERP(ECC 6.0)では、標準機能に不足がある場合、ABAPを用いたアドオン開発によってERP本体を直接改修するのが一般的でした。しかし、この手法はシステムを複雑化させ、将来のアップグレードを困難にする「技術的負債」の原因となっていました。
2027年以降を見据えたシステム構築では、ERPのコア部分(標準機能)には極力手を加えず、独自の開発機能をSAP BTPなどのクラウドプラットフォーム上に配置する「Clean Core(クリーンコア)」戦略の徹底が求められます。
クリーンコアを実現することで、企業はS/4HANAの定期的なアップグレード(バージョンアップ)を容易に享受できるようになり、常に最新のテクノロジーを活用可能な状態を維持できます。従来型のアプローチと、BTPを活用したSide-by-Side開発の違いは以下の通りです。
| 比較項目 | 従来のアドオン開発(In-App) | BTP活用開発(Side-by-Side) |
|---|---|---|
| 開発場所 | ERP内部(ABAP) | クラウド基盤上(SAP BTP) |
| コアへの影響 | 高い(アップグレードの阻害要因) | なし(疎結合により影響を分離) |
| 技術スタック | ABAP中心 | Java, Node.js, Python, ABAP等 |
| DX対応力 | 限定的 | AI、IoT、モバイル連携が容易 |
周辺システムとの連携強化とAPIエコノミーへの対応
次世代のITロードマップでは、ERPを単独の巨大なシステム(モノリス)として捉えるのではなく、様々なクラウドサービスや周辺システムと連携する「コンポーザブル(構成可能)なERP」として位置づける必要があります。
CRM(顧客管理)、HR(人事)、ECサイト、あるいはIoTデバイスなど、各領域で最適なSaaS(Best of Breed)を採用し、それらをSAP S/4HANAとAPI(Application Programming Interface)でリアルタイムに連携させる構成が主流となります。これにより、ビジネスの変化に合わせて柔軟にシステムを組み替えることが可能になります。
APIエコノミーへの対応を進めることで、企業は以下のようなメリットを享受できます。
- 社内外のデータをリアルタイムに統合し、経営判断の精度を向上させる
- 取引先やパートナー企業とのシステム間連携を自動化し、サプライチェーンを最適化する
- 新規事業の立ち上げ時に、必要な機能をAPI経由で迅速に実装・テストする
- レガシーシステムの部分的な刷新を段階的に進め、ビッグバン移行のリスクを低減する
持続可能なERP運用のための社内体制づくり
技術的な基盤整備と同時に、それを運用・活用する「人」と「組織」の変革もロードマップに組み込む必要があります。S/4HANA導入後は、システムの安定稼働を守るだけの保守運用から、蓄積されたデータを活用してビジネス価値を創出する運用へと役割を変えなければなりません。
多くの先進企業では、IT部門と業務部門のメンバーが一体となったCoE(Center of Excellence)組織の設置を進めています。CoEは、単なるヘルプデスクではなく、業務プロセスの継続的な改善や、新機能の活用提案を行う専門チームです。
持続可能な運用体制を構築するためには、以下の要素を計画的に強化していくことが重要です。
- データリテラシーの向上: 現場のユーザー自身がSAPのデータを分析・活用できるスキルを育成する
- 内製化の推進: ベンダー丸投げの体質から脱却し、BTP上のローコード開発などを社内で扱えるようにする
- チェンジマネジメント: 定期的なアップグレードに伴う業務変更を、現場が前向きに受け入れる文化を醸成する
SAP以外のERPへの乗り換えという選択肢
SAP ECC 6.0の保守期限が迫る中、多くの企業がS/4HANAへの移行を検討していますが、一方で「脱SAP」すなわち他社ERPへの乗り換えを選択肢に入れる企業も増えています。S/4HANAへの移行は、既存資産の継承や業務継続性の観点でメリットがありますが、コストやシステム構成の柔軟性という点では課題が残る場合もあります。
ここでは、SAP以外のERPへ乗り換える際の判断基準やリスク、比較検討のポイントについて解説します。
脱SAPを検討する場合の判断基準とリスク
SAPからの乗り換えを検討する最大の動機は、多くの場合TCO(総保有コスト)の削減と、自社の業務規模に対するシステムの最適化です。しかし、安易な乗り換えはプロジェクトの失敗を招く恐れがあります。以下の判断基準を明確にし、慎重に評価を行う必要があります。
- コスト対効果(ROI)の再評価:S/4HANA移行にかかるライセンス費用、インフラ費用、コンサルティング費用が、将来のビジネス価値に見合うかを算出する。
- 業務適合性(Fit & Gap):日本の商習慣特有の機能や、自社独自の業務プロセスが、他社パッケージでどの程度カバーできるかを確認する。
- グローバル対応の必要性:海外拠点を含めたガバナンスが必要な場合、国産ERPでは対応しきれない可能性がある。
- ベンダーロックインの回避:特定のベンダー技術に依存しすぎない、オープンな技術採用を検討する。
また、乗り換えに伴うリスクも無視できません。長年SAPに合わせて最適化されてきた業務プロセスを、新しいERPの思想に合わせて変更することは、現場に大きな混乱を招く可能性があります。
特に注意すべきはデータ移行です。SAP特有のデータ構造から他社システムへデータを移行する難易度は高く、移行プロジェクトの期間とコストが想定以上に膨らむリスクがあります。十分なリハーサルと、データクレンジングの計画が不可欠です。
国産ERPや他のグローバルERPとの比較検討
乗り換え先として検討されるERPは、大きく分けて「他のグローバルERP」と「国産ERP」の2種類があります。企業の規模や展開エリアによって最適な選択肢は異なります。
以下の表は、それぞれの特徴を整理したものです。
| 比較軸 | 他のグローバルERP (Oracle, Microsoft等) |
国産ERP (OBIC7, SuperStream等) |
|---|---|---|
| 強み | 多言語・多通貨対応、グローバルガバナンス、スケーラビリティが高い。 | 日本の商習慣(手形、複雑な消費税対応等)に標準で対応、使いやすいUI。 |
| 弱み | 日本固有の業務にはアドオン開発が必要な場合がある。導入コストは比較的高め。 | 海外拠点の法規制対応や多言語対応に弱い場合がある。大規模トランザクションへの対応力。 |
| 向いている企業 | 海外展開を加速している大企業、中堅企業。 | 国内事業が中心の企業、または海外拠点とはシステムを分けたい企業。 |
近年では、本社にはSAPやOracleなどの堅牢なグローバルERPを残しつつ、海外拠点や子会社には導入が容易なクラウドERPを採用する「2層ERP(Two-Tier ERP)」という戦略も注目されています。これにより、グループ全体のガバナンスを維持しながら、コスト最適化とスピード感のある展開を両立させることが可能です。
SAP 2027年問題を機に見直すERPの役割
SAP 2027年問題は、単なるシステムの更新期限ではなく、自社のITアーキテクチャ全体を見直す好機です。かつては、あらゆる業務機能を一つの巨大なERPに詰め込む「オールインワン」型が主流でしたが、現在は変化に強い「コンポーザブル(構成可能)なERP」へとトレンドが変化しています。
具体的には、ERPを会計や購買などのコア業務(SoR:System of Record)に特化させ、差別化が必要なフロント業務や分析業務(SoE/SoI)には、専門性の高いSaaSやクラウドサービスをAPIで連携させる形です。
- コア業務のリーン化:ERP本体は極力カスタマイズせず(Fit to Standard)、バージョンアップ追随性を高める。
- 周辺システムの活用:人事、経費精算、CRMなどは、それぞれの領域でベストオブブリードのSaaSを採用する。
- データ連携基盤の整備:分散したシステム間でリアルタイムにデータを連携し、経営判断に必要な情報を統合する。
脱SAPを選択する場合でも、S/4HANAへ移行する場合でも、「何でもできるERP」から「つながるERP」へと意識を変革することが、2027年以降のDX推進において重要となります。
SAP 2027年問題に関するよくある質問
SAP 2027年問題とは簡単に言うと何ですか
SAP 2027年問題とは、世界中の多くの企業で基幹システムとして利用されている「SAP ERP 6.0(ECC 6.0)」の標準保守サポート(メインストリームメンテナンス)が、2027年末をもって終了することに起因する一連の課題を指します。
この期限を過ぎると、メーカーによる不具合の修正や法改正への対応プログラムが提供されなくなるため、利用企業はセキュリティリスクや業務継続のリスクを抱えることになります。そのため、期限までに後継製品である「SAP S/4HANA」へ移行するか、あるいは他社のERPシステムへ刷新するかの経営判断と実行が求められています。
SAP S/4HANAへの移行期限はいつまでですか
SAP S/4HANAへの移行期限、すなわち現行のSAP ERP 6.0の保守期限は、契約している保守サポートの種類によって以下の2つの段階があります。
| 保守サポートの種類 | 終了期限 | 備考 |
|---|---|---|
| メインストリームメンテナンス | 2027年12月31日 | 標準的な保守サポート期間 |
| 延長メンテナンス | 2030年12月31日 | 追加料金(2%のプレミアム)が必要 |
基本的には2027年末が標準的な移行期限となりますが、事情により移行が間に合わない企業のために、追加コストを支払うことで2030年末まで保守を延長するオプションが用意されています。
SAP ECC 6.0を使い続けるとどうなりますか
2027年(または延長後の2030年)の期限を過ぎてSAP ECC 6.0を使い続けた場合、システム自体が突然停止するわけではありませんが、「カスタマー・スペシフィック・メンテナンス」という限定的なサポート体制に移行します。これにより、以下のような深刻なリスクが発生します。
- 消費税改正やインボイス制度などの法改正に対応するパッチが提供されない
- 新たなセキュリティ脅威に対する修正プログラムが提供されず、サイバー攻撃のリスクが高まる
- OSやデータベースなどの周辺システムのアップデートに対応できなくなる
- システムの陳腐化が進み、DX(デジタルトランスフォーメーション)の足かせとなる
特に法的要件への対応ができなくなる点は、コンプライアンス重視の企業にとって致命的な問題となるため、保守切れ前の対応が必須となります。
SAP 2025年問題と2027年問題の違いは何ですか
「SAP 2025年問題」と「SAP 2027年問題」は、本質的には同じ課題を指しています。当初、SAP社はERP 6.0の保守期限を2025年末と設定していたため、以前は「2025年問題」と呼ばれていました。
しかし、世界中のユーザー企業から移行準備期間の不足を懸念する声が上がったことや、S/4HANAへの移行エンジニアが不足している状況を鑑み、2020年にSAP社が保守期限を2年延長して2027年末とすることを発表しました。これに伴い、呼び方が「2027年問題」へと変化しました。
SAP S/4HANA移行の費用相場はどれくらいですか
S/4HANAへの移行費用は、企業の規模、データ量、アドオン(追加開発)プログラムの数、そして採用する移行手法によって大きく変動するため、一概に相場を示すことは困難です。一般的には数億円から、大規模なものでは数十億円規模のプロジェクトとなります。
コストを左右する主な要因は移行のアプローチです。
- ブラウンフィールド(コンバージョン)
既存のデータやアドオンを極力引き継ぐ手法です。期間とコストを比較的抑えられますが、古い業務プロセスも残る可能性があります。 - グリーンフィールド(新規導入)
システムをゼロから構築し直す手法です。コストと時間はかかりますが、業務プロセスを標準化(Fit to Standard)しやすく、DX効果が高いとされています。
正確な予算を把握するためには、早期にアセスメント(事前調査)を実施し、自社のアドオン資産の棚卸しと移行方針を決定することが重要です。
まとめ
本記事では、SAP 2027年問題の概要から具体的な対策、S/4HANAへの移行ロードマップについて解説しました。2027年のメインストリームメンテナンス終了は、単なるシステムの更新期限ではなく、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させる絶好の機会です。
- 現在のSAP ERP 6.0の保守期限と延長オプションを正しく理解する
- S/4HANAへの移行か、他社ERPへの刷新かを経営視点で判断する
- アドオンの見直しやSAP BTP活用により、将来の変化に強いIT基盤を構築する
最適な移行計画を実現するには、現状の可視化と早めの着手が不可欠です。まずは信頼できるパートナーへ相談し、貴社に最適な次世代ERP構想の策定を始めましょう。















