
企業の基幹システムとして重要な役割を担うSAP。しかし、「2027年の崖」を前にしたSAP S/4HANAへの移行や、オンプレミス環境での運用コスト増大、災害対策など、多くの課題に直面しているのではないでしょうか。その有力な解決策として、今多くの企業が注目しているのが「SAP on AWS」です。SAP on AWSは、世界で最も利用されているクラウドプラットフォームであるAWS(アマゾン ウェブ サービス)上でSAPシステムを稼働させることで、コスト最適化や俊敏性の向上、強固な事業継続性を実現します。
この記事で分かること
- SAP on AWSの基本的な仕組みと導入メリット
- AzureやGCPなど他のクラウドプラットフォームとの違い
- オンプレミスからの具体的な移行方式と失敗しないためのステップ
- 自社に最適な導入パートナーを選定するためのポイント
本記事では、SAP on AWSの導入を検討している企業のIT担当者様に向けて、その基礎知識から具体的なメリット、移行方式、成功へのステップ、パートナー選定のポイントまで、網羅的にわかりやすく解説します。この記事を最後まで読めば、SAP on AWSがなぜ選ばれるのかを深く理解し、自社における導入検討の第一歩を踏み出すことができるでしょう。
そもそもSAP on AWSとは何か?
SAP on AWSとは、ドイツのSAP社が提供するERP(Enterprise Resource Planning)パッケージソフトウェア製品群を、Amazon社が提供するクラウドコンピューティングサービス「AWS(Amazon Web Services)」上で稼働させるソリューションのことです。具体的には、企業の基幹システムである「SAP S/4HANA®」などを、自社でサーバーを持たずに(オンプレミス)、AWSのクラウドインフラストラクチャ上で構築・運用することを指します。AWSは2008年からSAP社との協業を開始しており、長年の強固なパートナーシップと豊富な実績を誇ります。
従来、多くの企業では自社内にサーバーやネットワーク機器を設置・管理するオンプレミス環境でSAPシステムを運用していました。しかし、ビジネス環境の急速な変化に対応するため、より柔軟性や俊敏性、コスト効率に優れたクラウド環境への移行が加速しています。SAP on AWSは、その有力な選択肢として世界中の5,000社以上の企業で採用されており、SAP環境のクラウド化におけるデファクトスタンダードとなりつつあります。
クラウドでSAPを動かす仕組み
クラウドでSAPを動かすとは、オンプレミス環境で物理的に存在していたサーバー、ストレージ、ネットワークといったインフラを、AWSが提供する仮想化されたリソースに置き換えることを意味します。具体的には、以下のようなAWSのサービスを組み合わせてSAP環境を構築します。
- 仮想サーバー(Amazon EC2): SAPアプリケーションサーバーやデータベースサーバーを稼働させます。AWSでは、SAP HANAをはじめとするSAPの厳しい性能要件を満たすために、SAP社から認定を受けた様々なインスタンスタイプが用意されています。
- ストレージ(Amazon EBS, Amazon S3): データベースのデータファイルやバックアップデータを格納します。高い耐久性と可用性を備え、必要に応じて容量を柔軟に拡張できます。
- ネットワーク(Amazon VPC): AWSクラウド内に論理的に分離されたプライベートなネットワーク空間を構築し、オンプレミス環境と同様のセキュアなネットワーク構成を実現します。
これらのサービスを利用することで、企業は物理的なハードウェアの調達や管理から解放され、必要な時に必要な分だけITリソースを迅速に確保できるようになります。これにより、インフラの運用負荷を大幅に軽減し、ビジネスの成長を支えるコア業務へリソースを集中させることが可能になります。
SAP on AWSと他のクラウド(Azure, GCP)との比較
SAP環境を稼働させるパブリッククラウドとしては、AWSの他にMicrosoft AzureやGoogle Cloud Platform(GCP)も有力な選択肢です。それぞれに特徴がありますが、現時点ではAWSが市場シェアや導入実績で先行しています。ここでは、各プラットフォームの主な特徴を比較します。
| 比較項目 | AWS (Amazon Web Services) | Azure (Microsoft Azure) | GCP (Google Cloud Platform) |
|---|---|---|---|
| 市場シェア・実績 | 最も早くからSAPとの協業を開始し、導入実績が豊富。世界中で5,000社以上の導入実績を誇る。 | Microsoft製品との親和性が高く、特にWindows環境を利用する企業からの支持が厚い。 | データ分析や機械学習サービスに強みを持ち、近年SAP分野にも注力している。 |
| SAP認定インスタンス | SAP HANA向けに最大32TBメモリのインスタンスを提供するなど、幅広い選択肢を持つ。 | SAP HANA大規模インスタンス(HLI)など、大規模環境向けの専用ハードウェアを提供。 | 大規模なSAP HANA環境向けに最適化されたベアメタルソリューションを提供。 |
| グローバル展開 | 世界中に最も多くのリージョンとアベイラビリティーゾーンを持ち、グローバルなシステム展開に強み。 | AWSに次ぐ広範なグローバルインフラを展開している。 | 独自の高速ネットワークを強みとし、グローバルでのデータ転送に優位性を持つ。 |
| 特徴 | 豊富な実績と幅広いサービス群による高い信頼性と柔軟性が特徴。SAP移行を支援するツールも充実。 | Office 365などのMicrosoft製品との連携がスムーズで、ハイブリッドクラウド構成に強みを持つ。 | BigQueryなどの高度なデータ分析基盤との連携や、AI・機械学習機能の活用に優れる。 |
どのクラウドプラットフォームを選択するかは、既存のシステム環境、技術要件、コスト、将来的なビジネス戦略などを総合的に考慮して判断する必要があります。しかし、豊富な導入実績とエコシステム、サービスの成熟度といった点から、SAP on AWSは多くの企業にとって信頼性の高い選択肢と言えるでしょう。
SAP on AWS導入で得られる具体的なメリット4つ
SAP on AWSは、基幹システムであるSAPをクラウド上で稼働させることで、オンプレミス環境にはない数多くの利点をもたらします。ここでは、企業がSAP on AWSを導入することで得られる具体的なメリットを4つの主要な観点から詳しく解説します。
①インフラ管理からの解放とコア業務への集中
オンプレミス環境でSAPシステムを運用する場合、サーバーやストレージ、ネットワーク機器といった物理的なハードウェアの調達から設定、日々の運用・保守まで、IT部門が担うべき業務は多岐にわたります。これには、機器の老朽化に伴うリプレース計画、障害発生時の原因究明と復旧作業、定期的なセキュリティパッチの適用といった、専門的な知識と多くの工数を要する作業が含まれます。
SAP on AWSへ移行することで、こうした物理的なインフラ管理業務からIT部門を解放できる点が最大のメリットの一つです。AWSが提供する堅牢なインフラ基盤を利用することで、ハードウェアのライフサイクル管理や障害対応といった負担が大幅に軽減されます。これにより、IT部門の担当者は、これまでインフラ管理に費やしていたリソースを、ビジネス価値に直結するアプリケーションの改善やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進といった、より戦略的なコア業務へと振り向けることが可能になります。
②災害対策と事業継続性の確保
地震や台風といった自然災害が多発する日本において、事業継続計画(BCP)の策定は企業にとって重要な経営課題です。SAP on AWSは、このBCP対策を非常に高いレベルで、かつ効率的に実現する手段を提供します。
AWSは、世界中の複数の地域に「リージョン」と呼ばれるデータセンター群を設置しており、各リージョンはさらに、物理的に隔離された複数の「アベイラビリティーゾーン(AZ)」で構成されています。この地理的に分散されたインフラを活用することで、災害や大規模障害が発生しても事業停止のリスクを最小限に抑える高可用性なシステムを構築できます。
例えば、東京リージョンで稼働させている本番システムに障害が発生した場合でも、あらかじめ大阪リージョンに構築しておいた待機系システムへ迅速に切り替えるといったDR(災害復旧)構成が、オンプレミス環境に比べて低コストかつ容易に実現可能です。 これにより、万が一の事態においてもビジネスへの影響を最小限に食い止め、企業のレジリエンス(回復力)を大幅に向上させることができます。
③グローバル拠点への迅速なシステム展開
ビジネスのグローバル化に伴い、海外拠点を新たに設立したり、現地の事業を拡大したりする際に、迅速なIT基盤の構築が求められます。オンプレミスの場合、現地でのデータセンター契約、ハードウェアの調達、輸送、セットアップといったプロセスに数ヶ月を要することも珍しくありません。
AWSは世界中にリージョンを展開しているため、海外拠点が必要になったタイミングで、数日から数週間という短期間でSAP環境を構築できます。 日本で構築したSAP環境のテンプレートを基に、他のリージョンへ均質でセキュアなシステムを迅速に展開できるため、ビジネスのスピードを加速させることが可能です。これにより、市場投入までの時間を大幅に短縮し、グローバル市場での競争優位性を確保することに繋がります。
④従量課金制によるITコストの最適化
オンプレミス環境では、将来の需要予測に基づいてハードウェアのサイジングを行い、先行投資(CAPEX)として購入する必要があります。しかし、需要予測が外れた場合には、過剰な投資やリソース不足といった問題が生じがちです。
SAP on AWSでは、実際に使用した分だけ料金を支払う「従量課金制」(OPEX)が基本となります。 これにより、初期投資を大幅に抑制し、ITコストをビジネスの状況に合わせて最適化することが可能になります。 例えば、開発・検証環境は業務時間外や休日には停止することでコストを削減したり、繁忙期にはリソースを一時的に増強(スケールアップ/アウト)したりといった柔軟な運用が可能です。
オンプレミスとAWSのコストモデルの違いを以下に示します。
| 項目 | オンプレミス | SAP on AWS |
|---|---|---|
| 投資モデル | CAPEX(資本的支出) | OPEX(事業運営費) |
| 初期費用 | 高額(ハードウェア購入費) | 不要 |
| リソースの柔軟性 | 低い(一度購入すると変更が困難) | 高い(需要に応じていつでも増減可能) |
| コスト最適化 | 困難 | 容易(リザーブドインスタンスやSavings Plansの活用、不要時の停止など) |
このように、AWSが提供する多様な料金モデルやコスト管理ツールを活用することで、TCO(総所有コスト)を削減し、IT投資の効果を最大化することができます。
SAP on AWSへの移行方式 3つの選択肢
オンプレミス環境で稼働しているSAPシステムをAWSへ移行するには、大きく分けて3つの方式が存在します。それぞれの方式は移行にかかる期間、コスト、そして移行後に得られるメリットが異なります。自社のビジネス戦略やシステム状況に合わせて、最適な方式を選択することが、SAP on AWS移行プロジェクトを成功させるための重要な鍵となります。
ここでは、「リフト&シフト」「リプラットフォーム」「リファクタリング」という3つの主要な移行方式について、それぞれの特徴、メリット・デメリットを詳しく解説します。
| 移行方式 | 概要 | メリット | デメリット | 適したケース |
|---|---|---|---|---|
| ① リフト&シフト | 既存のOS、DB、アプリケーション構成をそのままAWSに移行する。 | ・短期間、低コストでの移行が可能 ・既存の運用ノウハウを活かせる |
・クラウドのメリットを最大限に享受できない ・既存の課題を引き継いでしまう可能性がある |
ハードウェアの保守切れなどで、迅速な移行が最優先の場合。 |
| ② リプラットフォーム | OSやDBを新しいバージョンやクラウドに最適化されたものに変更して移行する。 | ・パフォーマンス向上や運用負荷軽減が期待できる ・ライセンスコストを最適化できる可能性がある |
・移行の難易度がやや高く、期間とコストが増加する ・十分なテストが必要になる |
SAP S/4HANAへの移行と同時にクラウド化を進めたい場合。 |
| ③ リファクタリング | アプリケーション自体をクラウドネイティブなアーキテクチャに再設計・再開発して移行する。 | ・クラウドのメリットを最大限に享受できる ・俊敏性やスケーラビリティが大幅に向上する |
・最も高度なスキル、長い期間、高いコストが必要 ・プロジェクトが複雑化しやすい |
DX推進の一環として、抜本的なシステム刷新を目指す場合。 |
①既存環境をそのまま移す リフト&シフト
リフト&シフトは、現在オンプレミスで稼働しているSAPシステムの構成(OS、データベース、アプリケーション)を基本的に変更せず、そのままAWSのインフラストラクチャ上に移行する方式です。「リフト(持ち上げ)して、シフト(移動させる)」という言葉の通り、最もシンプルで迅速な移行アプローチと言えます。
- メリット: アプリケーションの改修を最小限に抑えられるため、移行にかかる期間が短く、コストも低く抑えることが可能です。 また、既存の運用体制やスキルをそのまま活かしやすいという利点もあります。
- デメリット: クラウドの特性を活かすための最適化は行わないため、AWSが提供するスケーラビリティや柔軟性といったメリットを最大限に享受することはできません。 オンプレミス環境が抱えていたパフォーマンスなどの課題をそのまま引き継いでしまう可能性もあります。
- 適したケース: ハードウェアの保守期限切れ(EOS/EOL)が迫っており、とにかく早くインフラを刷新したい場合や、クラウド化の第一歩として、まずは低リスクで移行を完了させたい企業に適しています。
②OS/DBを変更して移す リプラットフォーム
リプラットフォームは、AWSへの移行を機に、OSやデータベースをより新しいバージョンにアップグレードしたり、AWSが提供するマネージドサービスなどに変更したりする方式です。例えば、データベースをSAP HANAへ移行する、あるいはOSを新しいバージョンへアップグレードするといったケースがこれに該当します。リフト&シフトと後述するリファクタリングの中間的なアプローチです。
- メリット: データベースをインメモリのSAP HANAに移行することで、システムのパフォーマンスを大幅に向上させることが可能です。また、OSやDBを最新化することで、セキュリティの強化や運用負荷の軽減も期待できます。SAP S/4HANAへのコンバージョンと同時に実施することで、プロジェクトを効率的に進めることができます。
- デメリット: OSやDBの変更が伴うため、リフト&シフトに比べてアプリケーションのテスト範囲が広がり、移行の難易度、期間、コストが増加します。
- 適したケース: 「2027年の崖」問題への対応としてSAP S/4HANAへの移行を計画している企業や、現行システムのパフォーマンスに課題を抱えている企業、特定のOSやDBのサポート終了を控えている企業に最適な方式です。
③クラウドネイティブ化を目指す リファクタリング
リファクタリングは、アプリケーションのアーキテクチャそのものを見直し、AWSの各種サービスを最大限に活用できるように再設計・再開発する、最も高度な移行方式です。 単にインフラをクラウドに移行するだけでなく、アプリケーションをマイクロサービス化したり、サーバーレスアーキテクチャを採用したりすることで、ビジネスの変化に迅速に対応できる俊敏なシステムを実現します。
- メリット: AWSのクラウドネイティブサービスのメリットを最大限に享受でき、スケーラビリティ、可用性、俊敏性を飛躍的に向上させることが可能です。 これにより、デジタルトランスフォーメーション(DX)を強力に推進し、新たなビジネス価値の創出につなげることができます。
- デメリット: アプリケーションの再設計・再開発が必要となるため、3つの方式の中で最も多くの時間、コスト、そして高度な技術スキルが要求されます。移行プロジェクトの計画も複雑になります。
- 適したケース: 既存のSAPシステムがビジネスの足かせとなっており、抜本的な刷新によって競争優位性を確立したい企業や、長期的な視点でITコストの最適化とビジネスの成長を目指す企業に適しています。
失敗しないためのSAP on AWS移行ステップ
SAP on AWSへの移行は、単にインフラをオンプレミスからクラウドへ移し替えるだけの作業ではありません。クラウドの特性を最大限に活かし、ビジネス価値を向上させるための重要なプロジェクトです。移行を成功に導くためには、計画的かつ段階的なアプローチが不可欠となります。ここでは、失敗しないための具体的な4つのステップを解説します。
①現状分析と目的の明確化(アセスメント)
移行プロジェクトの成否を左右する最も重要なフェーズが、このアセスメントです。現在のSAP環境を正確に把握し、AWSへ移行する目的を明確に定義します。
まずは、現状(As-Is)の分析から始めます。サーバーのスペック、OSやデータベースの種類とバージョン、SAPのモジュール構成、アドオンの数や内容、データ量、現在のパフォーマンス状況、そして運用上の課題などを徹底的に洗い出します。この情報が、後の移行計画の精度を大きく左右します。
次に、あるべき姿(To-Be)と移行の目的を明確化します。なぜAWSへ移行するのか、「ITコストを30%削減したい」「災害対策(DR)を強化して事業継続性を高めたい」「散在するデータをAWS上で統合・分析し、新たなインサイトを得たい」など、具体的で測定可能な目標を設定することが重要です。この目的が、移行方式の選定やAWS環境の設計における判断基準となります。
AWSが提供する「AWS Migration Evaluator」などのアセスメントツールや、専門知識を持つパートナーの支援を活用することで、より客観的で精度の高い分析が可能になります。
②AWS環境の設計とサイジング
アセスメントで得られた情報と設定した目的に基づき、AWS上の具体的なインフラ環境を設計します。ここでは特に「ネットワーク」と「サーバーサイジング」が重要なポイントとなります。
ネットワーク設計のポイント
企業のデータセンターとAWSを安全かつ安定的に接続するためのネットワーク設計は極めて重要です。考慮すべき主なポイントは以下の通りです。
- 接続方式の選択: オンプレミス環境との接続には、安定した広帯域の通信が可能な専用線接続「AWS Direct Connect」や、インターネットVPNを利用する「AWS Site-to-Site VPN」などがあります。要件に応じて最適な方式を選択します。
- 仮想ネットワーク(VPC)の設計: AWS内に論理的に分離された仮想ネットワーク空間であるAmazon VPCを設計します。セキュリティを考慮し、本番環境、開発環境、検証環境などでサブネットを分割し、それぞれの通信要件に応じてセキュリティグループやネットワークACLでアクセス制御を行います。
- SAProuterの配置: SAP社とのサポート接続に必要となるSAProuterの配置も考慮します。 パブリックサブネットに配置するか、NATゲートウェイ経由で通信させるかなど、セキュリティポリシーに合わせて設計します。
サーバーサイジングの注意点
サーバーサイジングは、ITコストとパフォーマンスに直結する重要な作業です。オンプレミスと同じスペックをそのままAWSに持ち込むのではなく、クラウドの柔軟性を活かして最適化することが求められます。
注意すべき点:
- SAP認定インスタンスの選択: SAP本稼働環境では、SAP社から認定を受けたAmazon EC2インスタンスタイプを選択する必要があります。 AWSはSAP HANA向けの大規模メモリインスタンスをはじめ、多様な認定インスタンスを提供しています。
- 適切なサイジング手法: 新規導入の場合はSAP社の「Quick Sizer」ツールを、既存環境からの移行の場合は「SAP EarlyWatch Alert」レポートなどを活用して、CPU、メモリ、ストレージの要件を見積もります。 SAP独自のパフォーマンス指標であるSAPS値を参考に、適切なインスタンスを選定します。
- 柔軟なリソース変更を前提とする: AWSの大きなメリットは、必要に応じてインスタンスタイプを容易に変更できる点です。 初期サイジングは過剰スペックを避け、稼働後の実績に基づいて柔軟に見直していくアプローチがコスト最適化につながります。
③移行の実行と徹底したテスト
設計が完了したら、いよいよ移行作業の実行フェーズに移ります。ここでは、入念な事前検証とテストがプロジェクト成功の鍵を握ります。
まず、PoC(Proof of Concept:概念実証)を実施し、小規模な環境で技術的な課題の洗い出しや性能検証を行います。これにより、本番移行時のリスクを大幅に低減できます。
実際のデータ移行には、AWSが提供する「AWS Application Migration Service (MGN)」や、SAPの標準ツールである「Software Update Manager (SUM)のDatabase Migration Option (DMO)」などが利用されます。 移行計画に基づき、ダウンタイムを最小限に抑えるためのリハーサルを繰り返し行います。
移行後は、徹底したテストが不可欠です。アプリケーションの単体テストや結合テストはもちろんのこと、オンプレミス環境と同等以上の性能が担保されているかを確認する性能テストは不可欠です。また、ユーザー部門による受け入れテスト(UAT)を通じて、業務影響がないことを確認した上で、本番切り替え(カットオーバー)を迎えます。
④稼働後の運用設計と継続的な改善
SAP on AWSは、移行が完了して終わりではありません。クラウドのメリットを最大限に享受するためには、稼働後の運用設計と継続的な改善が重要です。
以下の点を中心に運用体制を構築します。
| 運用項目 | 主な利用AWSサービスと内容 |
|---|---|
| 監視 | Amazon CloudWatch を活用し、CPU使用率やメモリ、ストレージなどのリソースを監視します。SAPアプリケーションレベルの監視と組み合わせ、異常を早期に検知できる仕組みを構築します。 |
| バックアップ | AWS Backup や Amazon S3 を活用して、データベースやサーバー全体のバックアップを自動化します。 Amazon S3のクロスリージョンレプリケーション機能を使えば、DR対策として遠隔地にバックアップデータを保管することも容易です。 |
| コスト最適化 | AWS Cost Explorer などでコストを可視化し、定期的にリソースの使用状況を見直します。開発環境など、夜間や休日に稼働しないサーバーは自動で停止・起動する仕組みを導入することで、コストを大幅に削減できます。 また、長期利用が確定しているインスタンスにはSavings Plansやリザーブドインスタンスを適用し、割引を受けることも有効です。 |
| 継続的改善 | AWSでは常に新しいサービスや機能がリリースされています。これらを活用して、システムのパフォーマンス向上や運用自動化、セキュリティ強化などを継続的に行い、システムの価値を高めていきます。 |
SAP on AWSの導入パートナー選-定のポイント
SAP on AWSへの移行プロジェクトは、自社のIT基盤を大きく変革する重要な取り組みです。その成否を大きく左右するのが、共にプロジェクトを推進する導入パートナーの存在です。技術力はもちろんのこと、自社のビジネスを深く理解し、移行から運用まで長期的な視点で伴走してくれるパートナーを選定することが不可欠です。ここでは、パートナー選定で失敗しないための3つの重要なポイントを解説します。
AWSとSAP両方の認定資格と実績を確認する
パートナーの技術力を客観的に判断する最も重要な指標が、AWSとSAPがそれぞれ公式に認定する資格と実績です。特に、AWS SAPコンピテンシーは、AWSがSAPワークロードに関する高度な技術力と豊富な導入実績を持つパートナーのみを認定するもので、パートナー選定における必須の確認項目と言えるでしょう。
AWS SAPコンピテンシー認定パートナーは、SAPシステムのAWSへの移行、実装、管理において、AWSのベストプラクティスに精通しており、技術的な課題解決能力が高いことが証明されています。 公式サイトでは認定パートナーの一覧や導入事例が公開されており、自社の要件と照らし合わせながら確認することが重要です。
AWSとSAPに関する主要な認定・プログラムには以下のようなものがあります。
| 種別 | 認定・プログラム名 | 概要 |
|---|---|---|
| AWS | AWS SAPコンピテンシー | SAPワークロードの導入・移行・管理における技術的習熟度と顧客成功事例がAWSによって検証されたパートナー認定。 |
| AWS | AWS パートナーティア (セレクト/アドバンスト/プレミア) | AWSに関する知識、経験、顧客エンゲージメントへの投資レベルを示すランク。ティアが高いほど、より多くの実績と専門性を持つことを示す。 |
| SAP | SAP PartnerEdge プログラム | SAPがパートナー企業に提供するプログラム。販売実績やコンサルタント数などに応じてランク(Gold, Silverなど)が設定されている。 |
| SAP | 各種SAP製品認定資格 | SAP S/4HANAやSAP Basisなど、特定のSAPソリューションに関する専門知識を証明するコンサルタント個人向けの資格。 |
自社の業種や規模に合った支援を提供できるか
SAPシステムは、製造、小売、金融など、業種によってその活用方法や求められる要件が大きく異なります。そのため、パートナーが自社の属する業界特有のビジネスプロセスや規制、商習慣に関する深い知見を持っているかどうかは非常に重要です。 業界に特化したテンプレートやアドオンの導入実績があれば、よりスムーズで質の高い移行が期待できます。
また、企業の規模によっても最適な支援の形は異なります。大規模なエンタープライズ向けの豊富なリソースと実績を持つパートナーもいれば、中堅・中小企業に対して柔軟かつコスト効率の高いソリューションを提供することを得意とするパートナーもいます。 パートナーのウェブサイトで公開されている導入事例を確認し、自社と類似した業種・規模の企業への支援実績が豊富かどうかを確認しましょう。
- 自社と同じ業種・同程度の企業規模での導入実績は豊富か
- 業界のコンプライアンスやセキュリティ要件に精通しているか
- 自社のビジネス課題を深く理解し、具体的な解決策を提示できるか
- プロジェクトの規模に応じた柔軟な体制や契約形態を組めるか
移行後の運用保守サポート体制
SAP on AWSへの移行は、プロジェクトの完了がゴールではありません。むしろ、移行後の安定稼働と継続的な改善こそが、クラウド化のメリットを最大化する上で最も重要です。 そのため、パートナーが提供する運用保守サポートの体制とサービスレベルを事前に詳しく確認しておく必要があります。
特に以下の点は、必ず確認すべき重要なチェックポイントです。
- 24時間365日の監視・障害対応体制
基幹システムであるSAPに万一の障害が発生した場合、ビジネスへの影響は甚大です。深夜や休日を問わず、迅速に問題を検知し、復旧対応を行える体制が整っているかは必須条件です。 - サポート範囲の広さと深さ
AWSインフラ層の監視だけでなく、OS/ミドルウェア、そしてSAP Basis領域までをワンストップでサポートしてくれるパートナーが理想です。問題発生時の切り分けや問い合わせ窓口の一元化により、自社の運用負荷を大幅に軽減できます。 - 継続的なコスト最適化と改善提案
AWSのサービスや料金体系は常にアップデートされます。Savings Plansや最新世代のEC2インスタンスへの移行提案など、AWSの利用状況を分析し、プロアクティブにコスト削減やパフォーマンス向上のための改善提案を行ってくれるパートナーを選ぶことが、長期的なコスト最適化につながります。 - セキュリティ対策
定期的な脆弱性診断やセキュリティパッチの適用、アクセス管理など、クラウド環境におけるセキュリティ対策を継続的に支援してくれる体制があるかを確認します。
これらのサポート内容については、具体的なサービスレベルアグリーメント(SLA)を契約前に提示してもらい、障害発生時の対応時間や復旧目標などを明確にしておくことが、後のトラブルを避ける上で重要です。
SAP on AWSに関するよくある質問
SAP on AWSの導入を検討する際、多くのお客様から寄せられる代表的な質問とその回答をまとめました。移行計画やパートナー選定の参考にしてください。
SAP on AWSの費用はどれくらいですか?
SAP on AWSの費用は、利用するシステム構成やデータ量、稼働時間によって大きく変動するため、一概に「いくら」と示すことは困難です。AWSの料金は、主に以下の要素から構成される従量課金制が基本となります。
- コンピューティング(Amazon EC2): SAPアプリケーションやデータベースが稼働する仮想サーバーのスペック(CPU、メモリ)と利用時間。
- ストレージ(Amazon EBS, Amazon S3): データベースやバックアップデータを保存するストレージの種類と容量。
- データ転送量: AWSから外部へのデータ転送量。
- その他の利用サービス: 監視(Amazon CloudWatch)やバックアップ(AWS Backup)など、利用する各種サービスの料金。
オンプレミス環境と異なり、初期のハードウェア投資が不要で、利用した分だけ支払うモデルのため、ITコストの最適化が期待できます。詳細な費用を知るためには、AWSが提供する「AWS Pricing Calculator」で試算するか、実績豊富なAWSパートナーに見積もりを依頼するのが最も確実です。
オンプレミスからの移行期間はどのくらいかかりますか?
移行期間も、費用と同様にシステムの規模、複雑性、データ量、そして選択する移行方式によって大きく異なります。小規模なシステムであれば数ヶ月で完了する場合もありますが、大規模かつ複雑な基幹システムの場合は、一般的に6ヶ月から1年程度、あるいはそれ以上かかることもあります。
移行プロジェクトは、通常「アセスメント(現状分析と計画)」「設計・構築」「移行リハーサル」「本番移行・稼働後サポート」といったフェーズで進められます。特に、入念なアセスメントとリハーサルが、プロジェクトの期間と成否を大きく左右します。例えば、ある事例では、7ヶ月のプロジェクト期間をかけて移行を完了しています。
AWSのどのサービスがSAPでよく使われますか?
SAP on AWS環境では、AWSが提供する様々なサービスを組み合わせて利用します。特に、SAP社から本稼働環境としての認定を受けているサービスを中心に、安定的かつ効率的なシステムを構築します。 以下に、SAP環境でよく利用される主要なAWSサービスをまとめました。
| カテゴリ | 主要なAWSサービス | SAP環境での主な役割 |
|---|---|---|
| コンピューティング | Amazon EC2 (Elastic Compute Cloud) | SAPアプリケーションサーバーやデータベースサーバーとなる仮想サーバー。SAP認定済みの多様なインスタンスタイプが提供されている。 |
| ストレージ | Amazon EBS (Elastic Block Store) | EC2インスタンスに接続するブロックストレージ。データベースのデータファイルやログファイルの配置に使用。 |
| Amazon S3 (Simple Storage Service) | 高い耐久性を持つオブジェクトストレージ。バックアップデータやアーカイブデータの保管先として利用。 | |
| ネットワーク | Amazon VPC (Virtual Private Cloud) | AWSクラウド内に論理的に分離されたプライベートなネットワーク空間を構築。SAPシステムを安全に配置する基盤となる。 |
| 管理・監視 | Amazon CloudWatch | AWSリソースとアプリケーションのモニタリング。CPU使用率やメモリ使用量などを監視し、システムの安定稼働を支援。 |
| AWS Backup | EBSボリュームやSAP HANAデータベースなどのバックアップを一元的に管理・自動化するサービス。 |
SAP on AWSのセキュリティは大丈夫ですか?
はい、AWSは非常に高いレベルのセキュリティ基準を満たしており、多くのグローバル企業が基幹システムであるSAPをAWS上で稼働させています。AWSのセキュリティを理解する上で最も重要なのが「責任共有モデル」という考え方です。
これは、セキュリティの責任をAWSと利用者の間で分担するというモデルです。
- AWSの責任範囲(クラウド"の"セキュリティ): データセンターの物理的なセキュリティや、サーバー、ストレージ、ネットワークといったハードウェア、仮想化ハイパーバイザーなど、クラウドインフラ自体の保護を担当します。
- 利用者の責任範囲(クラウド"内"の"セキュリティ): OS以上のレイヤー、つまりOSやミドルウェアへのパッチ適用、データの暗号化、AWS IAMを利用したアクセス権限管理、ファイアウォール(セキュリティグループ)の設定など、インフラ上で構築するシステムとデータの保護を担当します。
利用者は、AWSが提供する豊富なセキュリティサービス(AWS IAM, AWS WAF, Amazon GuardDutyなど)を適切に活用し、自社のセキュリティポリシーに準拠した設定を行うことで、オンプレミス環境と同等、あるいはそれ以上の堅牢なセキュリティを確保することが可能です。
まとめ
本記事では、SAP on AWSの基本的な仕組みから、具体的な導入メリット、移行方式の選択肢、そして成功のためのステップまでを網羅的に解説しました。SAP on AWSは、単なるインフラの置き換えではなく、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させるための強力な選択肢です。
この記事の重要なポイントを改めて整理します。
- SAP on AWSの価値:世界トップシェアを誇るAWSのクラウド基盤上でSAPシステムを稼働させることで、高い信頼性、柔軟性、豊富な実績といった恩恵を受けることができます。
- 4つの主要メリット:「インフラ管理からの解放」「災害対策・事業継続性の確保」「迅速なグローバル展開」「ITコストの最適化」により、企業はコア業務へリソースを集中させることが可能になります。
- 移行方式の選択:「リフト&シフト」「リプラットフォーム」「リファクタリング」の3つの方式から、自社の目的や将来のビジネス戦略に最適なものを選択することが重要です。
- 成功へのステップ:移行を成功させるには、現状分析(アセスメント)から運用設計まで、計画的かつ段階的なアプローチが不可欠です。特に、適切なサイジングと徹底したテストがプロジェクトの成否を分けます。
- パートナー選定の重要性:AWSとSAP両方に精通し、自社の状況に合った支援を提供できる実績豊富なパートナーを選ぶことが、リスクを低減し、移行効果を最大化する鍵となります。
SAP on AWSへの移行は、「2027年の崖」といった課題への対応だけでなく、ビジネスの俊敏性を高め、データ活用を促進し、新たな価値を創出する絶好の機会です。まずは自社のSAP環境の現状を把握し、クラウド化によってどのような未来が描けるのか、専門のパートナーへ相談することから始めてみてはいかがでしょうか。










